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Since2006/06/09 Last update 2006/06/09 by nakamura
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  マデシと市民権、もしくは皇室外交の死滅。
[返信]
 No.070121235201340992.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.1.2    07/01/31(Wed) 02:07   by  名古屋のN [変更] [削除]
【 炎上大歓迎 】への返信

 市民権。
 日本語に本当に馴染んでいるかどうか分からない。個人の意思で選びうるものというのが国際標準だとすれば、日本は、地理的にも歴史的にもそういうものとしての市民権はあいまいなままだ。だから、ネパールのことが、私たち日本人には見えにくい。
 日本国は第二次世界大戦後、大量の日本国民から、国際法に反してまで、一方的に日本国籍を剥奪した。そのことを、しかもほとんどの日本人が知らない。言うまでもなく、旧植民地の人々のことだ。今のコリア半島や台湾の人々のことだ。
 国際法では、その人々は、どの国籍を選ぶかの選択権があった。それを国家が勝手に剥奪した。勝手に侵略して併合して、宗教や言語や名前まで強制したあげく、にである。今のイラクを見れば日本が同じようなことをやっていたことが分かる。同じような、善意の体制構築を日本もやった。そして、敗戦のあげくの独立ということで、旧植民地の人々を棄民した。同じことをフランスがやっていれば、ジダンがフランス国民としてワールドカップで活躍することはなかったはずだ。
 1991年前後、ブータンから10数万人を越えるネパールオリジンの人々がネパールに難民として亡命してきた。今でもこの問題は続いている。私は、プロジェクトの医療チームを率いて、何度も彼等の緊急救援に行ったから、彼等の悲しみはよく分かる。
 時を同じくしてネパールは民主革命に湧いた。新憲法ができた。18歳以上は誰でも投票権を得たのだ。女性の参政権は初めてだった。
 だが、そこからが大変だった。
 私は、その後の第一回の総選挙でも、国連の国際選挙監視団の一員として参加した。その時、あちこちの投票場で、どう見ても14歳くらいの男の子が投票用紙を持って現れ、係りの大人に詰問されたあげく、尻を蹴飛ばされて追い返される、という、微笑ましいというか、情けないというか、そういう情景を何度も見た。
 その時までは、そしてたぶん今でも、戸籍なんてものが整備されていないネパールでは、投票という、民主主義の根幹に関わることが、あいまいなままなのである。今は、一応、出生届けをしていないものには投票権はないことになっている。だから、かなりの人が投票権を持っていない。
 ブータン帰りの人々に、ネパール政府が戸籍登録を薦めたのは言うまでもない。だが、何をもってそれを証明できるというのだろうか。これもあいまいなままである。
 おなじことが、マデシ問題である。
 今、ネパール暫定政権は、次の総選挙を控えて、市民権付与の作業を始めている。ちょうど、第一回の総選挙の時にそうやって、おおもめにもめたことを、再びやっている。
 普通のまじめなマデシの人々は、当たり前のこととして、投票のための市民権を要求しているのだ。信じ難いだろうが、今まで「238年に渡って」(シャハ体制下で)、それを与えられていなかったからだ。先日の、ジャナカプールでの騒ぎも、整然とそれを要求していた女性も交えたデモ隊に、官憲が一方的に暴力的排除に入ったことで始まっている。マデシ国家独立だ何だと騒いでいるのは、文字通り一部の扇情家たちが言っていることにすぎない。「連邦制」が議論になっているが、それも、投票権を持つ市民の確定が先決なのだ。
 市民権の付与によって、選挙結果が別れるのは当たり前である。だから、あの世界一の民主主義国家であるアメリカでも、大統領選挙の時は有色人種に不利に操作され、最後は選挙結果を裁判で争うという、馬鹿馬鹿しいほどの民主主義の不在を世界に示した選挙で、今のブッシュが大統領になった。
 同じことがネパールでも起きないとは言えないのだ。
 暴動だ、流血だ。そういうものに報道は集中するが、なぜそれが起きているのか、という本質的な問題については、あまり深く追究できていない。まして日本の報道はみじめなほど、そういうことが見えていない。それを読まされている日本国民は、ますますネパールの動きが見えなくなる。しかも、自分の一票の大切さを考えたこともないような若者が、情報に踊らされて、ネット右翼的な攻撃精神を正義と履き違えている。
 ネパールの大変さをきちんと見極めながら、私達は不毛な日本の政治世界を見つめてはどうか。それが、自衛隊のネパール派遣などという、時代錯誤もはなはだしい、一部の政治家の思い上がりを浮き立たせて見せるだろう。
 ネパールに自衛隊派遣が行われることになれば、私は必ずしもその全てを肯定するものではないが、日本の皇室外交の死滅を決定づけることになろう。どんなにか、日本の皇室が、普通のネパール国民に愛されてきたかを、外務省ほかの全ての関係者は思い起こしたほうがよい。愛知万博の時に、不明瞭な形でネパール皇太子を呼んで、結局、世界の笑いものになったのは、わずか一年前だ。それに輪をかけて、日本外交は更にその迷走を深めんとするのか。嘆かわしいものである。