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  関ヶ原?
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 No.070121235201340992.1.1    07/01/23(Tue) 02:05   by  名古屋のN [変更] [削除]
【 Re1: ラーハン暴動 】への返信

目の病気であるトラコーマの分布は、タライ平野の中央から西部にかけてである。つまり乾燥地帯。タライ平野の東部は湿潤地帯で、この病気は少ない。従って、農業生産性も東部タライが高い。真ん中にチトワン自然公園があって、この両者をへだてている。その西と東ではまるで植生も文化も違う。
 マオイストの故地は、周知のように西部山岳地帯で、ほとんどこれまでの開発の恩恵にあずかっていない貧困地域であった。それと西部タライ、それに東部の山岳部にまだら模様に展開していた。東部タライには完全に浸透してはいなかった。
 コングレスの故地は、周知のように東部タライの近代産業発祥の地であるビラトナガールである。そのビラトナガールと、タライ平野の中央にあるビルガンジの間の空間が、マデシという独立運動の策源地であると思われる。彼らの唱える人口1100万人、広さ3.4万平方キロというのが、ちょうど当てはまる。ネパールの穀倉地帯の中心でもある。ネパールは東西800キロ、平野部は広くて南北100キロである。だいたいタライの東半分より少し狭いくらいが、その広さになる。
 日本の昔に勝手に引き写せば、西と東が逆さではあるが、毛利100万石のような位置にある。あるいは、中部の濃尾平野でもあろうか。
 マデシが、頼朝の鎌倉とも言えるビラトナガールを拠点とするコングレスと組めば、義経のような天才が現れると、平家マオイストは関門海峡のダンガリまで追いつめられる。だからマオイストはマデシから20人もの議員を受け入れて、懐柔にやっきになっている。マデシもそれを見越して更なる勢力拡大を要求しているのだろう。
 ネパールの関ヶ原は、地理的に言えば、マクワンプールのヘタウダになる。ちょうど今でも変電所があって、軍隊が駐屯しているが、ネパール英国戦争の時は、カトマンズの喉元にあたるその砦が陥落して、ネパールは和平に応じた。
 東軍(コングレス&マデシ)と西軍(マオイスト)が、政治生命をかけて選挙で激突するのはそのあたりになろう。
 1998年の総選挙の時、私は日本政府派遣の5名の選挙監視団の一人として、国連が組織したその活動に参加した。配属先はビラトナガール西部近郊であった。その時、そこから西、ビルガンジまでの平野部で、激しい選挙妨害があって、爆弾事件などが頻発した。マオイストが跋扈する西部ではほとんどそういうことは無かったのにである。その当時は、国際監視団の誰もが首をかしげたのだが、今は、なるほどそうか、と合点がいく。 
 マデシ領?はバグマティ川によって東西に分けられている。西は、バラ・パルサ・ロータートの三郡、東はダヌシャ・シラハ・サガルマータの三郡。今のところ、西のほうはマオイストの影響力の方が強そうだ。私の良く知っている日本の医療隊がロータートでマオイストに包囲されて、ヘリコプターで救助されたことがある。そもそも、この六郡は密林に守られた「盗賊」の策源地でもある。その「盗賊」かロビンフッドか分からないような人々も、王政の終焉とともに正規の政党として浮上しつつ在るのかもしれない。「盗賊」の汚名のままでは、いかにも格好がつかないものだ。
 こういうわけだから、シラハのラーハンで騒ぎが起きるのだと思う。さて、ネパールの関ヶ原決戦はどうなるのだろうか。