count: 44088                

日本国の法律を侵す内容、公序良俗に反する内容を含むものに関しては、連絡無しに削除する場合がありますので御了承下さい。
Since2006/06/09 Last update 2006/06/09 by nakamura
  新規投稿  |  最新に更新  |  全体表示  |  検索  |  ナマステボードTop  |  JN-NET TOP は画像付き  

  ラーハン暴動
[返信]
 No.070121235201340992    07/01/21(Sun) 23:52   by  西荻のトリケラトプス [変更] [削除]
 タライ平野の東半分のちょうど真ん中あたりにラーハンという町がある。縁があってよく行った。
 ここで数日前から暴動が起きているらしい。独立派が交通ゼネストをやって、これに従わなかったマオイスト幹部の乗った車両が襲われ、警備のマオイスト兵士が発砲し、16歳の男性が亡くなったことに端を発している。
 田舎のバザールで起きた事件ではある。だが、視点を変えれば田舎ではない。
 あのあたりの土地は、多くが国王に連なる王党派の不在地主が押さえている。土地法の制限もあって二重三重に賃借されているから見えにくいが、昔からのビルタ制の名残だ。私がカトマンズに住んでいた時の大家さん(タパ氏)は、そうした不在地主の典型だった。数ヶ月に一回、地代を徴収するために出かけていた。その時、必ず許可証のある拳銃を携帯していた。そしてある日、それが現金の入った鞄ごと盗まれて、いたく憤慨していたのを覚えている。そうした緊張感があのあたりには、もともとあるのだ。これが経済的背景。
 あのあたりを、例えば日本のテレビクルーを連れて歩くと、政府のリエゾンオフィサーが必ず付いて来る。そして、歴史的建造物(ただの廃墟)や、故事のある景色などの撮影を禁じる。カトマンズ王朝に滅ぼされたタライの諸王朝の亡霊に、シャハ王家は今日に至るまで恐怖を覚えていたのだ。これが、歴史的背景。
 田舎に見えるけれど、あそこは交通の要衝だ。東西ハイウエーの重要拠点であるばかりでなく、あそこから南北の通路が、東はダランまで、西はカトマンズまでつながっているのだ。だから、人や情報が集積される。これが、地理的背景。
 さらに、あのあたりのタルー族は経済的な有力者が多い。西のタルーとはまったく違う。ドイツが支援してきたラーハンの眼科病院やあそこの高校などの教育界は、チョードリーが仕切っている。
 つまり、ちょっとしたことで暴動が起きる十分な理由がある。王党派にとっては田舎ではないのだ。それからの独立を念願してきた地回りの政党にとっても、田舎ではないのだ。その両者が連合すれば、大きな勢力になる。1987年、あそこに初めて行った時でさえ、独立派の激しいデモを私は目撃して、ビデオや写真に撮った覚えがある。仮に、独立運動が本当に動いていけば、ラーハンはその首都になるか、少なくとも政治的拠点都市にはなるはずだ。起きるべくして起きた暴動だと思う。マオイストは西では強かったが東ではそうでもなかったのは、こういうところに来歴がある。
 インドが動けば割譲される可能性も将来はあるだろう。あのあたりの国境線はしばしば動いているし、かなりネパール側に食い込まれている。ちょっと行くと、知らない間に国境線を超えていることがよくあった。ビラトナガール辺りでも、国境紛争は終わっていない。大事にいたらなければ良いがと思う。