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  小倉著「ネパール王制解体」を見て
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 No.070225120231881794    07/02/25(Sun) 12:02   by  tanigawa [変更] [削除]
小倉清子さんの力作『ネパール王制解体』をようやく入手し(辺地長崎への配本は遅い),パラパラと見た。まだ読んではいない。読んでもいないのに感想は述べられないはずだが,カバーと帯のキャッチコピーが少々気になった。

「中世さながらの絶対王制をめざす国王vs.毛沢東主義武装革命を目指すマオイスト」(帯)
「平和に見える小国では21世紀に入っても,中世さながらの絶対王制が営まれてきた。」(カバー)

気になるのは「中世さながらの絶対王制」である。「中世」や「絶対王制」といった人文社会科学的概念を使う場合,それらをどのような意味で使うかが決定的に重要だ。多くの場合,そうした概念は西洋の人文社会科学の中でほぼ確定した意味で使われ,この本でもそうであろう。

もしそうだとすると,ここで二つの問題が生じる。一つは,西洋的概念で非西洋世界の文化現象をどこまで説明できるかということ。あるいは,使うとしたら,どのような形で使うかということ。これはこの本に限らず非西洋世界全体に共通する難題である。

もう一つは,この本のキャッチコピーで使われている「中世」と「絶対王制」の意味。中世社会の特質である「封建制」には対立する2つの意味があるので曖昧さは残るが,一般には,「絶対王制」は「中世さながら」の政体ではない。「絶対王制」は中世の権力多元性を否定して成立するものであり,せいぜい中世から近代への過渡期の政体,むしろ「近代の政体」である。日本の戦前の天皇制も「中世さながらの」ものではなく,明らかに「近代の政体」であった。もしそうだとすると,この本の「中世さながらの絶対王制を目指す国王」というのは,必ずしも正確とは言えないことになる。

ネパール現代政治がややこしいのは,単純化すれば,国王が「近代(絶対主権)」を目指すのに対し,マオイストが新しい「中世」を目指しているということ。中国の本家マオイストは近代主権の権化であり,今もそうだ。ところが,ネパールでは,「近代化」を目指す国王に,ポストモダン的「中世化」を目指すマオイストやその同調者が対立している。

むろん,このような理解も西洋的概念を前提としており,ネパールにどこまで妥当するかは議論の余地があるであろう。

以上は,この本を「見て」の大ざっぱな印象にすぎない。この本の真価は,おそらく,丹念な取材に基づく綿密な実証的現代ネパール史記述であろう。特にマオイストへの直接取材には興味をひかれる。これから,じっくり読ませていただきたいと思っている。