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  信号援助と「法の支配」と宣伝看板消失
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 No.070325221739159208    07/03/25(Sun) 22:17   by  tanigawa [変更] [削除]
たしか4,5年前、日本援助の近代的信号システムが王宮-文部省-SAARC-アメリカンクラブのど真ん中、カンチパト交差点に設置された。私は日本国民の一人として大変誇らしく、この交差点を通るたびに、日本人であることの幸せに涙したものだ。

第一に、この信号機は、わが日本国がネパールとSAARC(印パ等)とアメリカの間に立ち、整然と交通整理をしていることを象徴していた。進め、止まれと、ネパールや米印パに指示している。日本国の偉大さに感動し、祖国のため生徒・学生を引率し、ここに立たせ「愛国心」教育をさせたいと思ったものだ。

第二に、この日本援助信号機は、「青は進め」「赤は止まれ」であり、このルールにはカースト、男女、民族の差を越えて従うべきだ、という近代法治主義の実地教育そのものだった。

当初、信号機に従わせるため、多くの警官が出て指導し、交差点付近には図解の啓蒙ビラが無数に貼られていた。それでも人々は信号を無視して通行し、交通渋滞を引き起こしていた。

それが、どうだ! いまでは赤でちゃんと車は止まる。奇跡だ!

「赤は止まれ」には、人間の意志以外に何の根拠もない。「赤で進め」でもよいわけだ。それなのに、人が決めた規則に、ネパールの人々はカースト、性、民族を超えて自ら服従している。どうして彼らは規則に従うようになったのか?

それは、従わなければ、自分が痛い目にあい、下手をすると死ぬからだ。Sanction(制裁)が利いている。信号無視の困った王族が約1名いたが、数回の交通規則無視の結果、王制そのものを代価として支払うことになりそうな雰囲気だ。交通規則には万人が従うべきだ(法の支配)というう規範意識が出来ていなければ、王族約1名の交通違反があれほどの反王室世論の高まりをもたらしはしなかっただろう。

信号機設置、とくに象徴的な王宮前交差点への設置は、どの人権運動、どのカースト差別反対運動、どの性差別反対運動よりも、はるかに効果的であり、また、近代合理主義の権化たる信号機こそが前近代非合理の権化たる王制破壊の真の起因なのだ。王制は、マオイストよりもむしろ、日本製信号機により基盤を掘り崩され、崩壊へと向かっている。

日本製信号機が教えているのは、近代化には、強力なsanctionが必要だということだ。信号機は守らなければ、即決裁判、死をもって処罰する。前近代的な「人の支配」ではない。人のつくった単なる規則が、死のsanctionがあるからこそ一切の差別なく万人を支配する。これこそが近代的「法の支配」だ。

この種の「法の支配」は確実にネパールでも拡大している。たとえばATM。銀行窓口だとまだ人為が介入し、上位カーストが優遇されたりする。ところが、ATMは一切の差別をしない。国王だろうが労働者だろうが、いやサルだって、カードさえ持っておれば差別しない。そして、規則どおりATMを使用しないと、経済的損失のsanctionが例外なく下される。信号と同じく、これも近代的「法の支配」だ。

ネパール近代化は、テクノロジー(信号機)と経済(ATM)から確実に進行している。これに反し、政治が近代化しないのは、多くの人々が民主化=近代化が政治権力(sanction)強化だという、単純明快な真理から目をそむけているからだ。

近代化=民主化は、政治における死のsanctionを確立することだ。政治権力を極大化すること。信号と同じく、規則を破れば、国王から一労働者にいたるまで死の処罰をまぬかれないこと--その原則を確立することなのだ。人々が安全に交通できるのは、信号機が違反者を即死刑に処するからだ。この明快な近代化のイロハが、People\\\'s Powerの面々には全くわかっていないようだ。

しかし、日本国の設置したこの信号機のおかげで、彼らもいずれは、政治にも絶対的権力を持つ信号機に相当するものが必要なことを理解するであろう。伝統的な「人の支配」の温かさは捨てがたいが、ネパールの人々自身が近代化=民主化を望んでいるのだ。冷血無慈悲な合理性の「法の支配」がいずれ政治でも始まるであろう。

そのネパール近代化=民主化への日本国の真の貢献をたたえるため、カンチパト交差点のSAARC側歩道にかなり大きな看板が設置されていた。信号設置の経緯を述べた立派な看板で、仮設置ではなく恒久的なものと思われた。その前を通るたびに、日本国の偉大さに感動し、愛国心を大いに鼓舞されたものだ。それは、前回訪ネの3年前には、たしかにそこに堂々と屹立していた。それは間違いない。

ところが、それが忽然と姿を消してしまっている。わが目を信じられず、アメリカンクラブ警備兵に撃たれるのを覚悟でカンチパト交差点を2回もまわり確認した。どこにも、日本援助の表示はない。日本は完全に抹消されてしまっている。いったい、どうしたのだ! なぜ、消されたのだ!

一旅行者には、調べようもなく、理由は推測するのみだ。

(1)日本が交通整理することを不愉快に感じた米印パやネパールが撤去させた。ありうることだ。ルール制定権者が結局は優位者だからだ(MSのように)。

(2)信号機設置で「法の支配」の実地教育をし、定着したのを確認した日本が、奥ゆかしくも宣伝看板をはずした。これもありうる。

(3)誰かが、なんとなく外し、そのうちどこかに行ってしまった。これも大いにありうる。

面白いのは、(1)→(3)の順。可能性は(3)→(1)。さて、実際にはどれだろうか?

ネパールは、信号機ひとつでこれほどまでに議論が出来る。こんな国はめったにない。まったくもって面白い国だ。