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  • [NEW] 同行  野崎泰志  07/05/03(Thu) 00:13
  同行
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 No.070503001356535690    07/05/03(Thu) 00:13   by  野崎泰志 [変更] [削除]
 かつて、東北帝国大学の医学部に留学していた中国の青年が居た。戦前、昭和の昔のことである。
 彼はその後、医業をやめて、文学に志したのだが、そのきっかけが際立っていた。
 ある映像を見て、外国勢に対する中国人の唯々諾々たる生き様に愕然とし、奮然として、愛国心?を覚えたのだ。愛国心というのは正確ではないと私は知っているので?を付けた。今の、日本と日本語の状況下では、そう表現したほうが分かりやすいと思ったまでのことだ。
 医学で一人の患者を救えるかもしれないが、民族や国家は救えない、と彼は覚悟して、医学を捨て、文学によって人心を鼓舞する路を選んだ。思えば、凄まじい覚悟ではある。何やら、ゲバラに近い。
 当時の語感では、愛国ではなくて、革命であろう。それも、ボルシェビキどもの手垢に染まる前の、中国語の革命である。日本語で私たちが了解している「革命」ではない。命は天命の命である。それを覆すというのだ。王制を、天皇制を、一党独裁制をどうするのだ、という語感に近い。
 彼は、それをやった。数々の名作をものにし、文学運動を通して絶大なる影響を中国の人々に与えた。今日の中国の基礎にもなっている。
 後世の一読者に過ぎない私にしても全集を全部読んだ。半分は原語で読んだ。そのために中国語を学んだ。それくらいの迫力があった。

 このような人々が現れない限り、私たちがいかにネパールの政治を論じても、所詮、ネパールへの干渉にすぎないように思う。

 私は開発援助なる世界に若干関わってきたが、最後は、忘れられた中国語で言えば、「自力更生」しかないと思っている。少しだけそこに寄り添える程度であろう。

 政治学者や政治レポーターが元気であるようである。私はそれは言説や情報のやり取りとしては良いと思うのだが、開発現場から帰還した一人としては、疲れる。そういうパラダイムこそ、かの人々の自力更生に裨益しないはずである。

 ネパールの人々が、どのような政体や政権を選ぼうが、私たちは静観するしかない。そして、そこからまた、同行し始めるしかない。同行を開発協力と読んでもよい。

 分かる人には分かっているはずだが、若い人々は知らないと思うので付け加えると、上記の中国人とは、魯迅である。