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  宮島喬『ヨーロッパ市民の誕生』(1)
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 No.070525114217107510    07/05/25(Fri) 11:42   by  tanigawa [変更] [削除]
1.多文化主義・分権主義へ
ネパールはいま,多民族,多文化,多言語,多職業,多性(?),多イデオロギー,多法令,多政府・・・・のマルチ商法まがい多文化政治状況だ。時代の最先端を行くといってよい。世界の先頭か,一周遅れの先頭か? たぶん後者だろうが,そうだとすると,その一周遅れの意味は何か? これはなかなか面白い問題だ。

マルチ文化,つまり多文化主義の先頭を行くのは,いうまでもなくアメリカとヨーロッパ。オーストラリアとカナダが有名だが,アングロサクソン植民地系だから,独立した理念型として扱うほどのこともあるまい。

2.アメリカ:民主原理主義と多文化主義
(1)星条旗の下の多様性
アメリカはWASPの観点に立てば,神の下の自由・平等・独立の諸個人が自由意志により社会契約(メイフラワー号契約)を結び,設立した自由と民主主義の国。ピュアな民主国であり,星条旗の前で独立宣言と合衆国憲法への忠誠を誓えば,誰でも市民として平等の取り扱いを受けることになっている。文化は私事であり,建国の精神さえ冒さなければ,その多様性は許容される。

かつてルツボ(melting pot)論が流行し,異文化をルツボに入れ,どろどろに溶かし,WASP文化に均一化しようとしたことがあったが,それは非現実的ということで,いまはどうやらサラダボール論らしい。サラダボール内のトマトやキュウリのように,多民族,多文化がその独自性を維持しつつ,一つの米国という器のなかで星条旗(自由民主主義の建国精神)への忠誠を誓い,平和共存する。

(2)中央集権「合衆」国と分権「合州」国
このアメリカのサラダボール型多文化主義は,たしかに一つのモデルではある。政治制度としても,「合衆」国であると同時に「合州」国であり,近代的中央集権主義と非近代的分権主義を絶妙に組み合わせている。アメリカは近代中央集権国家としての強大さと,ポスト・モダン的分権主義・多文化主義の豊穣多産性を合わせ持っている。アメリカはやはり偉大な国であり,当分アメリカの世界支配は揺るがないであろう。

(3)歴史殺しのトラウマと民主原理主義
アメリカは偉大な畏敬すべき国だが,その一方,WASPは中世以前の歴史を持たないという致命的な弱点を持っている。建国者たちにとってアメリカは「新大陸」である。彼らは,旧大陸の封建的支配のくびきを一切合切投げ捨て,神の前の裸の個人となって新大陸にやってきた。彼らは自らの歴史を否定したのだ。

この建国時の歴史殺しがトラウマとなって,アメリカ国家はしばしばヒステリックな民主主義原理主義となり,自国民だけでなく他国家に対しても民主主義か固有の歴史文化かの二者択一を迫る。米国建国230年など,歴史でも何でもない。日本皇紀2667年,ネパールBS2063年。多少怪しいが,日ネから見ればアメリカなど赤ん坊同然だ。

その引け目から,アメリカはしばしば他国家,他民族に対し,歴史殺し,文化殺しを強要する。開拓者たちが神と民主主義の名の下に野蛮なインディアン(先住民)たちを平然と虐殺していったのと同じ論理で,地球上の異なる文化や伝統,つまり歴史を抹殺しようとするのだ。

アメリカは畏敬すべき国だが,長い歴史と文化を持つネパールや日本にとっては異質すぎて参考にするのは少々ためらわれる。