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  宮島喬『ヨーロッパ市民の誕生』(2)
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 No.070526121953719145    07/05/26(Sat) 12:19   by  tanigawa [変更] [削除]
3.ヨーロッパ:多文化EUへの歴史的苦闘
(1)新しい中世
これに対し,ヨーロッパはネパールや日本と同じく,長く重い近代以前の伝統を持っている。17〜19世紀の近代主権国家の理念により攻撃され,一時,後景に退いていたが,それは表面的な現象にすぎず,近代の表層の下には豊穣な近代以前の伝統が厚い基層をなして存在している。ヨーロッパは多様にして一つ。ポストモダンのヨーロッパは,この中世世界に戻ろうとしているといってもよい。

むろん,中世ヨーロッパそのものに復帰するわけではない。そんなことができるはずもない。近代国家がその理念たる「一つの主権」「一つの領土」「一つの国民」により不自然に分断し,また抑圧してきた様々なものが,グローバル化による国家の相対化につれ,分断や抑圧を徐々に解かれ,復活,再生していく。それは,古いものそのものに近い復活もあるが,多くは伝統の再構成であり,またときには伝統の読替による新しいものの創造ですらある。ヨーロッパにおいて,近代主権国家を批判する場合,それは伝統の復活・再構成の様相を帯びざるを得ないのである。

(2)中世の「暗黒」をも引き受けて
しかも,いわゆる「暗黒の中世」には,魑魅魍魎,有象無象の類が潜んでいる。ヨーロッパで多文化をいえば,各地に深く根づくそれらのものどもまでが復活し,ときには新たな装いの下に猛威をふるうことになるかもしれない。

近代以前の歴史と伝統を抹殺したアメリカは,星条旗の下で多文化をコントロールできると考え,事実,星条旗の枠外にはみ出す異文化に対してはヒステリックなまでの民主原理主義の暴力を発動することによりこれを弾圧し,多文化を飼い慣らしてきた。アメリカの異文化は,インディアン(先住民)を除けば,すべて移植であり,根が浅く,したがって国家による人為的コントロールが容易である。

ところが,ヨーロッパはそうはいかない。多文化をいえば,それは即,人為的コントロールの難しい自らの根深い多様な歴史的伝統を解放し,それらとの格闘を始めることを意味する。ヨーロッパは,なぜそんな苦難や危険を冒してまで近代国家体制(ウェストファリア体制)から脱却しようとしているのであろうか。

(3)EU統合
理由はいくつか考えられる。(1)一千数百年に及ぶヨーロッパ・キリスト教共同体(Christendom)の伝統があった。(2)第一次,二次世界大戦の未曾有の惨禍により,国民国家体制の維持が困難になった。(3)国家規模の小さいヨーロッパ諸国は各国とも独立した国民経済としては存続できなくなった。(4)グローバル化により,国境管理が事実上できなくなった。

ヨーロッパ諸国が,近代主権国家体制の維持を断念し,EECからECをへてEUへと統合を進めていったのは,おそらくこうした理由からであろう。

(4)EU域内と各国内の多文化主義化
EU統合の進展は,当然,域内各国の国家主権の相対化,弱体化を意味する。文化についていえば,EU全体では各国文化の相互承認の形での多文化主義化となり,これはトルコ加盟が実現すれば,一段と本格化する。また,国境にまたがって存在する文化は,国境線による分断を解かれ,一つの文化として再統合し,独自文化としての発言権を強めて行くであろう。

また,各国内では,国家による「国民文化」の強制が弱くなり,様々な独自文化が自己主張をはじめるようになるだろう。

(5)移民の異文化
さらにEUの場合,忘れてならないのが,移民である。英独仏には特に大量の移民がいて,いまも増加しつつある。植民地・旧植民地からの移住者,労働者として受け入れられた人々,そして紛争から逃れてきた難民などである。彼らは出身地の文化を持って移入し,移民人口の増加とともに,また国家主権の相対化に比例して,固有文化の要求を強化している。また,これらの移民文化の要求の高まりにつれ,これに反対する対抗文化の要求も強くなり,あちこちで紛争を引き起こしている。

(6)苦悩の多文化主義化
グローバル化もEU統合も不可避だとすれば,EUの人々にとって多文化主義化は,いくら難しかろうと,避けては通れないことである。自分自身が多文化の深く重い伝統を持つがゆえに,そして極めて異質な移民文化を引き受けざるを得ないがゆえに,ヨーロッパの多文化主義は苦渋に満ちたものとならざるをえないのである。

(7)EU多文化主義から学ぶ
ネパールや日本が,多くのものを学びうるのは,このヨーロッパの多文化主義からである。アメリカの多文化主義は,あまりにも軽快すぎる。ネパールも日本も,重苦しい伝統を宿命としてもち,これと格闘しつつ,多文化への道を探って行かざるを得ないのである。