ブータン選挙のウラ事情 妙だと思っていたら,やはりブータン模擬総選挙にはこんなウラ事情があるようだ。 朝日記事(6/21)によると,ブータンも急激にグローバル経済に引き込まれつつある。インド資本,インド技術でティンプーに巨大コールセンターを建設し,アメリカ企業の下請けをするという。では,なぜこれが選挙か? ブータンは「国民総幸福」が示すように,全人格的人間関係の下での仕事が中心だった。意思決定もそれを前提に行われており,これこそが本物の日常的政治参加だ。民主主義としては,これの方が断然優れている。 ところが,こんな全人格的人間関係を維持されては,グローバル資本主義は儲けようがない。そこで資本主義の常套手段である人格解体をはじめたのだ。 コールセンターのオペレーター(何たる植民地的表現か!)は,応答機械であり,温かい人格的関係は不要というより邪魔だ。オペレーターとして働くには,日常的人間関係を切断し,機械を相手に顧客と応答する孤独な近代人が必要だ。お茶を飲みワイワイ,ガヤガヤ,共同体的楽しみにふけっていては,仕事にならない。そこで,選挙だ。 選挙は,最終的には個人の意志で投票先を決める。共同体的意思決定の原理的否定だ。 そしてそれと同時に,選挙は,コールセンターのような近代的産業により人格解体され,赤の他人の集合になり始めたブータンの人々を,国家支配の下に引きとどめるための疑似社会構成手段だ。 民主的選挙は,伝統的共同体をバラバラに解体し,ハゲタカ資本のエサとし,それに文句を言わせないための詐術にほかならない。 選挙民主主義が共同体的寄合民主主義より優れているなどということは絶対にない。ハゲタカ御用知識人の巧言令色に乗せられ,模擬政党,模擬投票(しかも電子投票!)などといったバカなことをするのは,止めた方がよい。 それでも,グローバル市場化が押し寄せてきたら・・・・。どうするか? どうしたらよいのだろう? *小暮哲夫「ヒマラヤから答えます 英語コールセンター ブータンに開設準備」朝日新聞,2007.6.21