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  奇妙なブータン選挙
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 No.070617164137004837    07/06/17(Sun) 16:41   by  tanigawa [変更] [削除]
ブータンで5月28日,模擬総選挙が行われた。朝日新聞(6/15)が大きく報道している。妙な選挙,妙な報道だ。

1.敬愛される国王
朝日記事によると,ブータン国王は前国王(1972-2006),現国王(2006−)とも近代化,民主化を自ら主導してきた。

前国王は,首相1年交代制,国民議会(国民代表+政府代表+僧侶)の国王解任権,成文憲法案作成(2005,制定予定2008),「国民総幸福(GNH)」の提唱,森林保全・伝統文化重視の経済成長等を実現または推進し,現国王もこれを継承されている。国民に敬愛される開明的啓蒙君主といえる。

2.ブータン憲法案
2005年作成のブータン憲法案(2008年制定・施行予定)は,次のような構成になっている。

(1)立憲君主制。国王は65歳停年。国会決議と国民投票により,国王は解任できる。

(2)議会
  国民評議会(上院)=定数25。国王指名5,選挙20
  国民議会(下院)=定数47。小選挙区制

(3)森林保全。国土の60%を森林とする。

3.選挙制度
前国王を継承した現国王は,2008年に憲法を制定し,初の総選挙を実施する予定だ。選挙方法は――

(1)第1回投票=政党投票により上位2政党選出

(2)第2回投票=上位2政党の小選挙区候補に投票

(3)選挙権=18歳以上,約40万人

4.模擬総選挙
この選挙制度の第2回投票を想定した模擬総選挙が先述の通り5月28日実施された。

仮想模擬政党
 黄色党=伝統文化継承(黄色は国王の色)
 赤色党=産業育成重視

この2党に対し,電子投票で投票し,国営テレビが中継,開票速報を流した。結果は,黄色党が46議席をとり,圧勝。

5.政党禁止の解除
来年の選挙に向け,禁止されていた政党が許可され,7月から登録が始まる。4党が設立準備中という。

6.成文憲法崇拝
さて,以上のように見てくると,こりゃぁ変だ,と誰もが思うだろう。誰が,こんなバカなことをやらせているのか? ブータン版鹿鳴館!

ブータンは一つのまとまった政治社会であり,不文憲法は当然もっている。一般に,成文憲法は,共同体が崩壊し,人間不信から紛争が多発し,どうにもならなくなったとき,やむなくつくられる人間不信文書。そんな成文憲法をありがたがるのは,文字フェチだ。

言葉の本質は話し言葉にある。話し言葉は話す人すべてが共有し,ここでは万人が参加し平等。ところが,書き言葉となると,文法とそれに基づく正誤が生まれ,文法制定者・解釈者・施行者が生まれる。そぅ,権威的支配の誕生だ。

全員参加・平等の不文憲法と,権威的支配の体系たる成文憲法。立派なのはむろん不文憲法だ。不文憲法の方が断然優れているのに,なぜブータンは成文憲法を作ろうとしているのか?

7.政党制
政党制も同じこと。どんな社会でも気のあった人々が集まり,集団を創る。伝統的社会では人間関係が全人格的だから,集団も全人格的調整を経て自然に形成される。

ところが,政党は,原理を同じくする人々の集まりだ。バラバラに人格解体された人間が,ある一つの目的のもとに集まり,行動する。投機家が一攫千金のため団結し行動する投機組合と同じことだ。こんなもの,全人格的伝統的集団よりはるかに不完全なものだ。

それなのに,わざわざ政党を作らせ,政党政治にするという。

チベット系=60%,ネパール系20%
チベット仏教=70%,ヒンドゥー教=25%

そうなれば,各民族,各宗教が自らのアイデンティティを探し,でっち上げ,それを原則として政党を作ろうとするだろう。アイデンティティ政治が始まる!

民主主義の本家ルソーは,政党があると,民主主義は機能しないといっている。アイデンティティ政治は民主主義ではない。

8.選挙
そして,極めつけが選挙。選挙は,人間不信の最たるもので,こんなもの本来は民主主義とは無関係だ。

共同体が崩壊し,隣人ですら信用できなくなってしまったとき,つまり人が自分だけしか信用せず,隣人と話し合いで解決できなくなったとき,殺し合うよりましだとして仕方なく採用したのが選挙だ。選挙は非倫理的な利己的人間の卑しい制度だ。恥ずかしくて人様に見せられないから,秘密投票にもするのだ。

共同体の意思決定へは,伝統的社会の方が,はるかによく参加している。人々は,共同体の事柄に日常的に参加し,意見を述べ,そこには女性も加わり,決定する。たとえば,伝統的社会の水利権,入会権などには,実に公平でよく考えられたものが多い。

ギリシャ民主制においても,選挙は民主主義の制度ではなく,むしろエリート支配の道具として非難されていた。

9.米印の陰謀
ブータンに,こんな人間不信の成文憲法,政党,選挙を強制しようとしているのは,ブータンを資本主義に引き込み,一儲けしようとたくらんでいる米印政財界と,そのお先棒担ぎ知識人に違いない。

2008年に成文憲法が制定され総選挙が行われるなら,ブータンはまず間違いなくネパール化する。民族,宗教や諸階層が自己の個別アイデンティティをでっち上げ,相互に敵対をはじめる。そんな社会へブータンはなぜ向かおうとしているのか?

10.国王の苦渋の選択
朝日記事によれば,ブータンの前国王,現国王は国民に敬愛される賢明な啓蒙君主だという。そんな賢明な国王が,率先して産業化,近代化,民主化に取り組んでおられるのであれば,これはよく考えた上での国王の選択であるに違いない。

ブータン国民は,伝統的な社会で幸福に生活してきて,これからもそれを維持したいと願っている。しかし,賢明な国王はおそらく,ひたひたと押し寄せるグローバル化の波をもはや阻止しきれず,早晩ブータンもネパールと同じくグローバル市場経済の中に本格的に組み込まれ,急激な資本主義化を迫られると観念されたのだろう。

ブータンの「国民総幸福」は世界最高水準だ。これをねらって,いま先進国のハゲタカ資本,ハゲタカ知識人が押し寄せてきている。このままではブータンは大混乱となり,国民はいいように食い物にされるだけだ。それはしのびない。近代化,成文憲法,政党,選挙民主主義などはくだらぬものだが,いまのうちに敵の非人間的だが効率的ではある武器を自分たちも使えるようにしておかないと,国も国民も滅びてしまう。選挙民主主義にすれば,アイデンティティ政治が猖獗を極め,王制は倒されるかもしれない。ネパールのように。しかし,それでもブータン国民のために,近代化,民主化の道を行かざるを得ない。国王の屍を踏み越えて。

エライ! これぞ本物の愛国王。心配なのは,崇高なブータン愛国王の願いを,品性下劣なグローバル資本家やお先棒担ぎ知識人どもが歯牙にもかけず,泥靴で踏みにじってしまうことだ。彼らは,成文憲法,政党選挙,民族自治などを巧妙に利用し,「21世紀型帝国支配」の便利な道具として利用する。彼らには,敵の武器すら利用せざるを得ないブータン国王の苦悩はおよそ理解できないであろう。良識はたいてい悪意に敗れる。残念ながら。

*小暮哲夫「王室主導 挑む民主化 ブータン,来年に初の総選挙」,『朝日新聞』2007年6月15日