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  ネクタイで首を絞める ネパール版鹿鳴館
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 No.070924004102821110    07/09/24(Mon) 00:41   by  tanigawa [変更] [削除]
近代化モデルが西洋だとしばしば悲喜劇が起こる。ネパールでは生徒のネクタイがその典型。ネパール版鹿鳴館といってよい。

この蒸し暑い南国(高地を除く)で,生徒にネクタイを締めさせたのは,おそらく特権的エリート校からだろう。「われらは西洋人と同様ネクタイを締めている。君らとはちがう」。こんなエリート意識が,他の私学にも拡がり,いまでは公立学校にも及んでいる。

小さな幼稚園児や小学生が,炎天下,ネクタイ姿で歩いているのを見ると,これはもう拷問だ。どうしてこんなくだらない,非人間的なことをするのか?

しかし,少し反省してみると,そもそも近代化そのものが身体と精神の人工的矯正であることに気づく。ネクタイ(近代的規範)で窒息寸前まで締め付け,もはやそれを苦痛ではなく快楽と感じるまで,身体と精神を矯正する。ネパールのネクタイ生徒は,その戯画化だ。

蒸し暑いネパールでネクタイなどしなくてもよいのに,というのは,すでにネクタイで調教済みの人間のノスタルジアだ。都会人が田舎の素朴を求めるようなもの。

亜熱帯でネクタイは愚劣で滑稽だが,それが近代化への道であり,近代化を求める以上,それは仕方ない。が,それはそうとしても,そんなことが,人類にとって本当に幸福かどうかは,考えてみる余地がありそうだ。

この点,偉いのはやはりガンジーだ。イギリス留学前後はネクタイ背広姿だったが,それがインドで生きる人々の自然(本性)に反すると悟って以後,ガンジーは質素な民族服で通した。ネクタイ背広に象徴される西洋をインドの規範とすることを彼は断固拒否したのだ。大英帝国総督との会見にも民族服姿だった。彼は問いかけた。インドの規範はネクタイ背広か民族服か?

背広姿でマッカーサーと会見した日本国天皇は貧相で卑屈で惨めだった。日本人たるものこんな姿は見たくもない。これに対し,質素な民族服姿で総督と会見したガンジーは,インドの自然(本性)を体現しており高貴な自由なる精神だった。

願わくば,ガンジーのようでありたい。が,西洋近代の横暴は,日本人の首を絞め終え,いまやネパールの人々の首を絞めつつある。背広を着た日本人は,ネパールの人々にネクタイは風土には合わないから止めた方がよい,とはいえない。残念ながら。

(写真)昼休みの校庭(記事とは無関係です。)